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2015.12.14

大迫たつ子の日本プロゴルフ殿堂入りが発表

 12月14日(月)、都内で行われた『第四回日本プロゴルフ殿堂入り発表記者会見』において、大迫たつ子ら、3人が顕彰者に選出された事が発表されました。今回の顕彰者は以下の通りです。

【レジェンド部門】
橘田 規(1934年4月20日、兵庫県生まれ)
杉本 英世(1938年2月16日、静岡県生まれ)

【プレーヤー部門】
大迫 たつ子(1952年1月8日、宮崎県生まれ)

大迫たつ子の選考理由
「打倒・樋口」という合言葉があった時代、その筆頭格として奮戦し、女子プロゴルフ界を盛り上げた功績は計り知れない。小柄ながらも飛距離と数多くの技量を持ち合わせ、勝負師として抜群の存在感を誇った。通算45勝、賞金女王3度と実績は十分。女子プロゴルフを語る上で、欠かすことのできない偉大な存在である。

大迫たつ子のプロフィール
宮崎県出身。中学卒業後に故郷の宮崎県を離れ、兵庫県の宝塚GCにキャディーとして入社。定時制の高校に通いながら仕事をこなし、やがてプロを目指していった。1971年、19歳でプロテストに合格。1975年に初勝利を挙げた。1977年には4勝を挙げ、9年連続で賞金女王の座を守っていた樋口久子に代わって頂点に立った。1987年には涂阿玉の6年連続を阻止して3度目の女王に輝いている。股関節を痛めるなどして1994年に42歳で引退発表するまで国内ツアー通算45勝(歴代4位)をマーク。6人いる女子永久シード選手のひとりである。公式戦は歴代2位の8勝を挙げている。また、278試合連続予選通過という大記録の保持者でもある。引退後は日本女子プロゴルフ協会理事を務め、現在は兵庫県を拠点に活動している。

大迫たつ子のコメント
「知らせを聞いたときは、とんでもない賞なので、私よりもっとほかの人がいるんじゃないかと思いました。これまで支えていただいた方のためにも、いただこうと。ありがとうございます。15歳で宝塚に入って、ゴルフを始めたころはまだ研修生の制度もなくて、寮の前にあるコースにフェンスの破れたところから入って隠れて練習したのを覚えています。一番印象に残っている優勝は91年の日本女子プロです。股関節を痛めて1年間休養して、もう最後の選手権と思って出たんです。中村悦子さんがずっと練習についてきてくれて、感謝しています。岡本(綾子)さんとの優勝争いでしたし、自分1人の優勝じゃなかった。現役引退(94年)しましたが、悔いはまったくないです。やりきったと思っています。いまは、友人たちとのゴルフを楽しんでいます。負けたくないので、お世話になっている有馬CCで週4回ぐらいは練習しています」。

 なお顕彰セレモニーについては、2016年2月19日(金)にジャパンゴルフフェア会場にて開催の予定です。

日本プロゴルフ殿堂のサイトはこちら

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