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2019.1.21

柳家さん喬師匠をお迎えして④

<Photo:Atsushi Tomura/Getty Images>

 プロフェッショナル。評価はさまざまだ。たとえば、ツアーを戦うプロゴルファーは一般的に、獲得賞金額が指標になる。では、落語界はどうか。大看板のひとり、柳家さん喬師匠は、「忠実にお客さまに、自分のやっていることを伝えていくか。笑わせるだけが主ではない。すべてが終わり、お客さまが楽しかったと思ってくださることが、我々の勝利です」と持論を展開する。

 小林「2018年は、ファンの皆さんがおっしゃる黄金世代がツアーを大いに盛り上げました。同時にベテラン、中堅の活躍もすごい。選手層がとにかく厚くなりました」

 さん喬「私もテレビで拝見していましたけど、10代の選手が優勝を飾るなど、ひと昔前とは隔世の感があります。賞金も驚くぐらい…」

 小林「去年は、1億円プレーヤーが5人です」

 さん喬「1年で、1億円ですか。私、50年間、働いているけど、いくら貯金があるのでしょうね」

 小林「目に見えない財産が、たくさんおありだと思います」

 さん喬「財産も、お金にならないだけに情けない」

 小林「ところで、人生の転機となったことを教えてください。ご本を読んで、これだけはぜひ-おうかがいしたかった」

 さん喬「毎日が、勉強。それはこれからも変わりはありません。振り返って、転機となったのは、師匠(五代目柳家小さん)からの『おめえの考えなんか、誰も聞きにきちゃいねえんだ』のひとことでした。この件は、他の方に何度かお話したことがありますけど、それほど詳しいことを申し上げたことはありません」

 小林「ぜひ、教えてください。」

 さん喬「テレビ局で公開録音がありました。30年以上も前のこと。番組には師匠も出演する。もちろん、大看板ですから、後の出番。控室で、私の噺を聴いてくださったというわけです。そして、収録が終了し、駐車場の立ち話で、『なぁ、さん喬。誰もおまえの考えを聴きにきたのではない。客は年よりも子どもも、女も男もみんなが同じことを思って、同じように笑って涙を流すから、落語だ。おまえの考えを無理やりに押し付け、さぁ、泣いてください。笑ってくださいってのはなぁ。誰もおまえの考えを聴きにきちゃあいねえよ』といわれまして…。俗に目から鱗という言葉がありますけど、それを越えて、素っ裸にされた気分でした。それからですねぇ。自分の芸がパッと変わったのは。その前がどうだったかと申しますと、注目を浴びたい-私も若かった。演目は幾代餅です」

 ※幾代餅《つき米屋の奉公人の清蔵が、絵草子屋の店先で錦絵に遭遇。モデルになった、会ったこともない吉原の花魁、幾代太夫にひと目惚れをする。紆余曲折、二人は夫婦となり、両国広小路へ店をもつ。売り出した幾代餅が大評判となり、幸せに暮らしたという一席》

 小林「それは師匠が、どういう風に自分の考えを出されたのでしょうか?」

 さん喬「幾代太夫の年季が明け、清蔵の元へ行くと約束する場面。初対面から1日も経たず、そんなことをいっても、清蔵は素直に受け入れるわけがない、と私は解釈。冗談でしょう、と受け取ることが当たり前です。男心をもてあそぶようなうそをついて、どこがおもしろいのか。ごく短いセンテンスの言葉で怒ったような演出を入れた。それを聴いた師匠が、おかしいと。『おれは、あの時、びっくりしたよ。なんで清蔵が怒る必要があるんだ。それはおまえの考え。だれもそんなことを望んでいない。お客さんが望むのは喜んでいる清蔵だ。でも、おまえは清蔵が怒ることで、自分を主張した。おまえの考えは、お客さんに伝わるわけがない。誰もが喜び、悲しむ。みんなが理解できるところが落語の良さだ。おまえの考えを、無理やり押しつけるのは感心しないな』と駐車場でお話くださった。五代目の小さんは、言葉をたくさん飾りません。ほんの立ち話だったけど、その瞬間、血の気が引きました」

 小林「そうだったんですか。それは、元のお話の流れがあったのに、自分なりの解釈に変えてしまった、ということですね。」

 さん喬「基本の噺があり、枝葉をつけたつもりで私はいました。だけど、とんでもないものをつけてしまって…。素直な伝え方を脇へ押しのけた。もっとも、今は変えることが先。亜流にしようと先走り、基本が探しきれない。わずかなセンテンスで、物事が変わる。自分の弟子には、とうとうといわず、ごく短い言葉で、それでいいのか。よく考えろ。私は、そういっています」

 小林「なるほど。身が引き締まるお話ですね。小さん師匠は基本の大切さを説いたのですね。自分を出すのはそういうところではないと。」

 さん喬「私が女子プロゴルフツアーを拝見してきて、不思議なことがあります。ゴルフは選手の息が長いスポーツと思っていました。それが、ある日、あの選手、最近テレビで見ないね、と仲間内で話しています。10代、20代の若い選手が大活躍することは一見、華やかに映るけど、全員がいいわけではない。それだけ厳しい世界ということを感じます」

 小林「良い成績を出し続けることは難しいです。毎年新しいプロも参入してきますし。今年のシード選手の平均年齢は、若年化が進み26.2歳。2019年のLPGAツアーでは、初シードが11人もいます。年々競争力が上がっています。」

 さん喬「人を育てる。実に、難しいです。以前、狂言の和泉元秀さんから、興味深いお話をうかがいました。素質、才能がある若手を一過性ではなく、息の長い活躍をさせたい、と感じた時、どうすればいいか。秀でてくる若手は抑える。出ろ、出ろとはいわないそうです。抑えて、抑えて、ダメだ、ダメだといい続ける。そして、今、手を放す頃合いだと思ったら、パッと離す。もう、グッとバネが縮んでいますから、バーッと飛び出す。逆にバネが縮まっていない内に手を離すと、ポーンと伸びるだけで、そのまま終わることが多いとおっしゃっていました」

 小林「そういう育て方もあるのですね」

 さん喬「当人が出たがるわけですからね。育てるとはそれほど、至難の業」

 小林「プロゴルファーもまず本人が常に高みを目指していくことが大事であり、良い指導者に巡り合えて、さらに成長できると思います。貴重なお話をありがとうございます」

                                      =おわり


柳家さん喬(やなぎや・さんきょう) 1948年東京・墨田区出身。67年、五代目柳家小さんへ入門。前座名「小稲」。72年、二つ目に昇進し「さん喬」。81年、真打昇進。84年、国立演芸場金賞、2013年、芸術選奨 文部科学大臣賞(大衆芸能部門)、14年、国際交流基金賞ほか、受賞は多数。16年には文化庁文化交流使として米国、カナダを回る。17年、紫綬褒章受章。06年から落語協会常任理事。

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