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2019.1.23

日本プロゴルフ殿堂顕彰者に小林法子、森口祐子を選出

 1月23日、都内で行われた『第七回日本プロゴルフ殿堂入り記者発表』。レジェンド部門から佐藤精一、小林法子、また、プレーヤー部門では中嶋常幸、森口祐子の4人を顕彰者に選出されたことを発表した。

 LPGA会長・小林浩美は、「小林法子さんは、私がプロになったばかりの頃、毎週のようにトーナメント会場でお世話になりました。面倒見がよく、みんなを引っ張っていくタイプの方です。今のLPGAの礎を創ってくださった」。一方、「私の印象では、森口祐子さんは、とてもまじめな方です。ゴルフ、家庭のことまで、何事にもきちんとしています」とエピソードを披露。そして、「おふたりは、今でも私たちに大きなバックアップをしてくださり、とても感謝しています」と語った。

 小林法子は、千葉県出身。ゴルフ練習場へ事務員として勤務。その後、ゴルフを始め、女子プロ1期生となった。1973年、日本女子オープンで初優勝を飾り、勝ち星を積み重ねた。通算9勝。また、87年の那須小川レディスでは、42歳で当時の女子最年長記録を打ち立てている。そして、LPGA理事と数々の役員を歴任。発展に大きく寄与した。

 森口祐子は、富山県出身。高校時代はバスケットボール部の主将として活躍した。卒業後、岐阜関CCの井上清次プロ(故人)に師事。1975年、20歳でプロテストに合格する。1978年にワールドレディスで初優勝を飾ると、同年に日本女子プロゴルフ選手権大会にも優勝。以降、着実に勝ち星を伸ばし、永久シードを獲得した。

 今回選出された4人の顕彰式典は3月22日、ジャパンゴルフフェア会場(パシフィコ横浜)で行われる。
 今回の顕彰者略歴は以下の通り。

【レジェンド部門】
佐藤 精一(さとう せいいち) 1932年9月10日生まれ、86歳 千葉県出身
〔主な戦歴〕日本オープン1勝(1966年)ほか、通算11勝

小林 法子(こばやし のりこ) 1944年11月15日生まれ、74歳 千葉県出身
〔主な戦歴〕日本女子オープン1勝(1973年)、那須小川レディス2勝(1983、87年)ほか、通算9勝

【プレーヤー部門】
中嶋 常幸(なかじま つねゆき)1954年10月20日生まれ、64歳 群馬県出身
〔主な戦歴〕日本プロ3勝(1977、83、84年)ほか、通算48勝

森口 祐子(もりぐち ゆうこ) 1955年4月13日生まれ、63歳 富山県出身
〔主な戦歴〕日本女子プロゴルフ選手権1勝(1978年)、日本女子オープン2勝(1985、90年)ほか、通算41勝

小林法子

 『まさか、私が顕彰されるとは…。連絡を受けたときの心境は、夢でも見ているようでした。ありがとうございます。私がプロの世界に飛びこんだのは、昭和40年代のこと。当時のゴルフ界では、女子プロといっても脚光を浴びることもなく、のどかな時代でした。しかし、今日では立派な競技が数多く開催されていて、まるで夢の中にいるような感じです。当時は今日のような隆盛はとても想像できませんでした。

 プロとして初期の時代に苦楽をともにした樋口久子、大場藤子、山下春子、佐々木マサ子さんらの、かつての仲間の皆さんが私の顕彰を後押ししてくださったと感謝の気持ちでいっぱいです。

 日本の女子プロゴルフがひとりでも多くの方々に愛されるよう、側面から応援し、見守っていきたいと考えております』

森口祐子

 『顕彰の知らせを受け、誠にありがとうございますという感謝の気持ちです。その嬉しさとともに、井上清次先生自らの「一球入魂」練習を昨日のことのように思い出しました。ゴルフを始めたきっかけは、父の影響もありましたが、大先輩の樋口久子さん、そして師匠との出会いがあってこその、私のゴルフ人生です。

 高い目標を持たせていただいた大先輩の存在、「打倒樋口」を目指し、プロとしての覚悟を持たせていただいた師匠の存在に、人との出会いの奥深さに、心より感謝しております。

 優勝の中でも、岐阜関CCで開催された日本女子オープン、研修生時代から見守ってくださった方々への御礼と最終日最終組で樋口さんとの優勝争いは、今でも鮮明に覚えています。

 最後に、『いい弟子に恵まれた』とおっしゃっていただいた井上先生に、『最高の先生に恵まれました』と感謝の気持ちを申し上げる機会をいただけたこと、心より嬉しく思います。ありがとうございました』

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