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2019.3.20

日本プロゴルフ殿堂顕彰者インタビュー 小林 法子

 半世紀の業績がレリーフに込められる。平成最後の今年、あさって22日にパシフィコ横浜で開催される「ジャパンゴルフフェア2019」の会場内で日本プロゴルフ殿堂入り式典が、久々の晴れ舞台。

 LPGA会員は1000人を突破し、第90期生が世界中で活躍している。ただ、第1期生がいなければ、現在の隆盛はなかった。「生きているうちにいただけた。どれほど、幸せなことでしょう。受賞のお知らせがあってから、たくさんの方が連絡をくださった。懐かしい方からのメッセージを見ながら、涙があふれてきた。ゴルフをやってきて良かったなぁ。皆さんに喜んでいただいたことが何よりうれしい出来事です」。

 女性の年齢を記すのは失礼とはいえ、74歳になった。とにかくお元気である。それも、肌つやの良さに目を奪われた。「家でじっとしていることは、ほとんどありません。目覚めた時から、きょうは何を着て行こう。そんなことを考える」という。「まず、楽しいことを考えなくてはいけない。新しい1日が始まるわけですからね。私は、赤が好き。気持ちが燃えるでしょう。元気でいられるわけですよ」。そんな話をしながら、ふっと遠くを見るような眼差しになった。

 「プロになった頃は、女性らしいおしゃれをしたくても許されない時代。スカート着用はダメ。口紅を引いてはいけない。たくさんの制約ばかり。第一、ゴルフウェアは東京の銀座まで行かなければ手に入らない。それだって、ものすごく高価だし、デザインも選べない。だって、男性用ですよ。当時のことを思えば、隔世の感があります」。

 高度成長期から、約50年を経ただけでも、これほどの違いがあった。ハイテクなど夢のまた夢。さまざまなデータが瞬時に映し出される現代だから、レジェンドの偉業はより映えるのだ。早朝から日没まで、何も口にせず、ひたすらバンカーショットを行った…。小林法子といえば、やはり七色のアプローチの冠だ。

 「プロになるまで、先輩も仲間なんていなかった。おまけに、プロになってからは試合がない。自分で工夫を重ね、クラブ1本でひたすらボールを打ち分ける。私は、一芸で生きてきた」。おとぎ話のような伝説は、まぎれもない実話である。ツアーを転戦した際、飛距離のアドバンテージはなし。「坂本九さんの上を向いて歩こう-を心の中で歌いながらプレーした。そうすると、元気が出て、歩幅が大きくなり、力強く歩ける。ゴルフは、リズムでしょう」と話した。得意のアプローチで、ボールをビシッとピンへ寄せお先にという、バーディーは痛快。

 同じ昭和の生まれながら、アニメの世界のようなエピソードの数々をうかがったのは、千葉のご自宅だった。さながら、ゴルフミュージアムのよう。練習で、クラブフェースの溝がなくなったSWや、マニア垂涎のオールドクラブ、はたまたゴルフに関するさまざまなアイテムなど、威風堂々と並んでいる。

 「一生涯、プロゴルファーでいます。プレーするには健康でなければいけません。週1度、フィットネスクラブへ行ってトレーニング。毎日、ストレッチを欠かさずにコースでは乗用カートなど絶対に乗らない。歩きます。月に100キロは歩いているでしょうね。毎朝、新鮮な野菜をボウルいっぱい、おいしくいただきます」。レジェンドは素敵だった。情熱の半世紀は淑女の歴史である。

(LPGAメディア管理部・森谷、中山)

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