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2024.2.1

JLPGA 新しいヒロイン《95期生・鶴瀬 華月》

<Photo:Atsushi Tomura/Getty Images>

つるせ・かげつ=2002年10月21日、神奈川県横浜市出身

 24年、プロ2年目を迎えた。「どう考えても、我慢のシーズンです。少ないチャンスを生かす。前半戦が勝負ですね」。気合の入った言葉とは対照的に、表情は笑顔があふれていた。これも精神面の鍛錬なのだとか。日々の努力を欠かさない。

 3度目の正直となった、22年の最終プロテストで合格。QTランキング13位でJLPGA前半戦の出場権を得て、ほぼフルシーズン参戦を果たした。ところが、「精神的、体力的にしんどいことが多かった1年。特に夏場が・・・です」と振り返る。

 「本当に、去年の夏は暑かった。調子が上がらず、焦りました。特に、ニトリレディスは最終日、もうこれ以上はないぐらい気合を入れて臨んだけど、気がつくとうつむきながらラウンドしている感じ。あの日が一番、苦しかったかもしれませんね」と話した。

 春から初夏にかけ、2度のトップ10フィニッシュで、手応えを感じていただけに、それはもう残念というしかない。特に9-10月、勝負をかける秋にもかかわらず6戦連続の予選落ちが痛かった。

 「プロフィールに明記した通り、笑顔で最後までプレーすることが、アピールポイント。それを考えると後半は笑顔が少なかったと思います。あまりにうまくいかなすぎて、笑顔がつくれない。本当にごめんなさい」といい、「1回でもうまくいけば、よしっ、となるけど、20ラウンド以上、何もやってもダメ。予選落ちといっても、1打足りない。そういうことばかりです。NOBUTA GROUP マスターズGCレディースも、1打足らずで誕生日にプレーができなかった。すごく悲しかったです」と、複雑な胸中を告白している。

<Photo:Atsushi Tomura/Getty Images>

 プロになると誓ったのは小学1年。「ワールドレディスチャンピオンシップサロンパスカップを、家族で観戦しました。それがきっかけです。そうはいっても、覚えているのは、ギャラリープラザで遊んだこと。母方の祖父と父が、ゴルフが趣味。プレーするなら、プロになると子どもながらに思ったことは覚えている」そうだ。

 お父さんの転勤で小学6年時、仙台へ。より一層、熱が入り東北高校へ進学した。高校2年時、母校の先輩・宮里藍が開催した大会で優勝。後日、一緒にラウンドすることもできた。「お会いできて、ご一緒にプレーができた。プレーがお上手なのは当然ですけど、すごく、やさしい。私の理想とするプロの姿です」。

 今季は出場機会が大幅に少なくなる。推薦出場できるのはJLPGAツアー3試合、ステップ・アップ・ツアー2試合。ただし、成績しだいでチャンスはふくらむ。「もう、やるしかありません。必ず-」で、言葉をとどめた。


 ふと、視線をずらすと、指先がみえる。ツメの先端には小さなハートがあしらわれていた。「趣味のひとつがネイルアート。連戦が続くときはサロンへ行きますけど、時間があれば、ジェルで固めて私がやります。単なるファッションではなく、ツメの保護にもなる。ツメが割れないように」と。まさに、細心の注意だ。

 春はもうすぐやってくる。24年はきっと上昇のきっかけがつかめるだろう。小さなハートから熱い鼓動が聞こえた。

(青木 政司)

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