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2023.10.19

ある日のイボミ 森口祐子の視線から②

<Photo:Atsushi Tomura/Getty Images>

NOBUTA GROUP マスターズGC レディース マスターズゴルフ倶楽部(兵庫県) 第1日

 ラストゲームがはじまった。時を同じくし、生きてきたファンは大いなる仕合わせと、幸せをかみしめる大会となるだろう。フィールドに舞い降りた天使の13年間。永久シード保持者、現在は解説者・森口祐子イボミのJLPGAツアー引退へ寄せて、「私が見た、ボミさん」を語る。

<Photo:Atsushi Tomura/Getty Images>

《2013年9月15日=日本女子プロゴルフ選手権大会コニカミノルタ杯最終日

 JLPGAツアー最古の歴史があり、現在ではアジアナンバーワン決定戦の位置づけだ。それだけに、誰もが勝ちたい。当然のようにドラマが展開される。解説者として大会に携わった森口祐子が、イボミが絶頂へ転じたターニングポイントとしてあげたのは、北海道・恵庭カントリー倶楽部で開催の第46回大会だった。

 第3日が終わり、イボミと比嘉真美子が首位を並走。さらに不動裕理が3位につけ、最終日の激闘が期待された。しかし、当日は雷雲接近など荒天のために午前11時、競技中止が決定。天候の回復を待ち、午後1時からプレーオフ(PO)がスタートした。

 POは16→15→16番で3ホールのストロークプレー後、サドンデス形式で15→16番を繰り返す。お互いが持てる限りの技術を駆使する好ゲームとなった。ところが、PO4ホール目の15番、流れが変わる。イの第2打が風の影響を受け、グリーン左奥のラフへ消えた。対する比嘉は第2打をピン2.5メートルへ運び、バーディーチャンスを迎える。

 「左胸につけていた(スポンサー)ワッペンが、ドキドキして汗をかいたから何度もとれそうになった。ショットのたびに、はがれてしまわないか-ずっと確かめましたよ」(イボミ)の言葉は、緊迫感を表現する記憶に残るひとことだ。

 「放送席でドキドキしながら、解説をしていた。どうやってボミさんがピンチを脱出するのか。そういう場面。そして、絶妙な第3打がうまれる。直前、コンビを組んでいたキャディーの清水重憲さんが、このアプローチ、朝やったよねぇ-と、現場の声が聞こえてきた。距離は22ヤード。当初、ボミさんは安全策で9Iのチップショットを選択したけど、清水さんがクラブをSWへ変更するようにアドバイスしたのです。事実、この策がうまくいって、ピンから1.2メートルへ寄せ、パーセーブに成功。結果として、勝利の流れを呼び込んだわけですからね」。

<Photo:Atsushi Tomura/Getty Images>

 POは6ホールへ及んだが、ステディーなプレーに徹したイが13年の初優勝を、公式競技で飾る。ただし、トレードマークの笑顔も凍るほどの奮闘劇だった。

 「さきほど、なぜ私がドキドキしたとお話したか加えます。ひとつは声を拾って放送していいのか-と解説をしながら感じたことを思い出したから。そして、時代が変わったことを、あの場面を見ながら、痛感した。私たちの時代、キャディーさんの役割は選手が決めたことを、後押しすることが一般的です。だけど、ボミさんと清水さんの関係はとても濃い。ボミさんの技術を清水さんが引っ張りだしているなぁ。とてもインパクトがあった場面でした。拝見しながら、良いいい意味で、これから技術が太くなっていく。あの試合のワンシーンが上昇へのプロローグだと私は思います」。

<Photo:Atsushi Tomura/Getty Images>

 一方、プレーの特性といえば、「ショットに関して目についたことは、1Wのスピン量が少ない。ランがとても出る印象がある。当時、かなり有利に働いていたのではないかと思う。スイングは体を大きく動かし、クラブを振るタイプもないし、すごくコンパクト。持ち球はドロー系でスピン量が、2200回転あるかないか、と記憶している。まだ、他の選手は3000回転ぐらい。サイドスピンがかかると精度が安定せず、風の影響を受けやすい。当時、スピン量を対比しながらお話をしました。それから、クラブとのマッチングがすごくいい。いろいろな要素が揃った。日本を選択したことで、体内に秘めていたプラスアルファが引き出されたのでしょうね」。

 息を継いだ後、ラストゲームで再び、4年ぶりにコンビを組む清水さんとの話題へ移った。「一番は、相性が良かったこと。だけど、清水さんのリードが素晴らしかったと私は見ている。ボミさんと組むことで、すごくやりがいを感じたに違いありません。あれだけ素直で、乾いたスポンジが水分を吸収し、どんどんふくらんでいくかのように・・・。傍目で観察していると、ボミさんは教えを受けることがうれしくて仕方がないようにも見て取れた」。

<Photo:Atsushi Tomura/Getty Images>

 2015年11月15日。亡き父・ソクジュさんの夢でもあった賞金女王を獲得する。タイトル決定の伊藤園レディスゴルフトーナメント優勝は、イボミのベストゲーム。史上初の年間獲得賞金2億円突破も加え、至福の一日だったことだろう。

 この日、天候が目まぐるしく変化した。雨→曇り→晴れ。表彰式では空に虹がかかった。「天国の父が喜んでくれたからだと思います」と、上空を見上げて満面に笑みをたたえている。さらに、記念撮影中には太陽が輝いているにもかかわらず、ほんの少しの間、雨が落ちてきた。天気雨の不思議な現象も、またドラマチックな演出。

 絶頂は16年も続く。2年連続の賞金女王を目指して、さらなる快進撃が続いた。順風満帆すぎる流れにもかかわらず、「私はロボットみたい」と時おり、口にしたことがある。チームを組んでひたすら勝利を目指した。

 「ロボットでいるって、つらいことでもある。当時、私はあえてボミさんへいってあげたかったことがあった。ロボットでいることが他人を幸せにする。彼女って、それがわかっていてとても配慮をしていたと思います。ロボットは普通、操られるもの。だけど、自らを少し引いて、周囲の幸せを考えたのがボミさんでしょう。そんなロボットになることも、ステキだと考えたのではないかなぁ。実際、見る人には不幸せのようには映らない。かといって、やらされている-そんな感じもしなかった。利他の心をいつも忘れずにいる。自然にできるところがすごい」。

<Photo:Atsushi Tomura/Getty Images>

 続けて、「日本人の習性というのか、スターが出てくると誰か似た人を探してしまう。でも、ボミさんはオンリーワン。世界中を探してもいません。彼女と同じ時代を生きた。同じ時間を過ごすことができた。そのことが、それぞれの人の財産というか、幸せになっていると思います。残念だけど、彼女は今回で区切りをつける。だけど、映像がたくさん残っているでしょう。未来へ向けてかけがえのない財産ですね。ありがとう」。

 インタビューが終わった。レコーダーの電源をオフにしてから、ひとつ、質問をしてみる。「ボミさんのお話をする森口さん、とてもうれしそうでしたね」と。

 一気に相好を崩す。「彼女に出会い、私の考え方、行動にと、少なからず影響を与えてくれました。それから、私の娘と彼女は生年月日が同じです。勝手に親しみを感じておりましてね-」と、意外なエピソードを披露してくれた。

 こちらまで、とてもうれしい心持ちになる。イボミがとりもつ、見事なまでのお福分けだった。

(青木 政司)

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