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2020.2.12

桐林宏光 幸せのゴルフ①

<Photo:Ken Ishii/Getty Images> 

 ホッとしたというよりも、至福の時だった。今月、開催された研修会で講演。小学3年生から指導を行ってきた、聴講生がいる。「初めてでした。教え子の前で、改まってお話することです。彼女、ずっとゴルフを続け、大学を出てゴルフ関連の会社へ就職しました。同時に、ティーチングプロのライセンスを取得するため、頑張っています。人と共生する喜びとでも表現すればいいのでしょうか。たとえば、自分がいいスコアを出してうれしい。そういうものとはまったく違う、うれしさ。幸せを実感しました」。

 これ以上はない笑みを浮かべながら、取材がスタートする。2019年LPGAアワード2019「ティーチャー・オブ・ザ・イヤー清元登子賞」受賞に続いて、自身の活動は間違いがなかった証明といえるだろう。何といっても、「ゴルフで幸せになる」がプロを目指した理由なのだ。

 老舗呉服店の一人娘にもかかわらず、果敢なティーンエイジャー。異色のスポーツばかりを選択してきた。スイミングスクールで指導を受けた遠泳冒険家、中島正一さんの影響で、自身も遠泳を。そして、大学時代はウインドサーフィンのインストラクターをつとめるまでになった。

 「バスケットボール、スキーも…。運動神経にはちょっと自信がありました。大学を卒業してから、家業を手伝うようになり、当時はまだバブルの時代。接待というか、お客さんとお付き合いするため、親からゴルフでも覚えて-となった。だって、ウインドサーフィンというわけにはいかないでしょう」。なるほどである。

 さらに、続けた。「当初、ゴルフはスポーツとは思っていなかったのですよ。おじいちゃん、おばあちゃんでもできるレジャーというイメージだったかなぁ。おまけに、ちょっとスポーツをかじっていたわけだから、練習場で教えてくれたコーチなどからは、あれだけの飛距離が出る。プロになったほうがいい、とすっかりその気にさせられました。ただ、毎日、芝の上にいなければ上達はしません。スタートは遅かったけど、親を説得して、3年間の約束で栃木県のコースで研修生になったわけです。ゴルフで幸せになる-と東京の実家を出てきたわけですからね」ということだった。

 ただし、現実は厳しい。さまざまなアクシデントや困難に見舞われる。28歳、雨の日。コースを清掃中にカートがスリップして転落事故で、腰を痛めた。歩行が困難になるほどの重症。にもかかわらず、ツアープロになることはあきらめない。リハビリを行い、さまざまな角度から自身をみつめなおす。

「スポーツは心技体というでしょう。技と体がいまひとつでも、心でカバーできると答えを出した。そこでメンタルについて深く考え、行き着いたのはリハビリを兼ねた合気道。王貞治さんが一本足打法の師でもある、藤平光一先生から心と体を一致させ、盤石な姿勢をつくることを学んで、元気になりました。けがをしてから、プロテストも2回は受験。ただ、競技者には向いていなかったのかもしれません。働いていたゴルフ場が東京でインドアの練習場をオープンさせることになったのが、32歳。LPGAがティーチングプロの養成をスタートさせた頃です。でも、資格を得るには、最短で9年もかかる。気が遠くなってしまったけど、やるしかありません」。予想以上の困難と忍耐、それから情熱が伴う挑戦だった。

 きょう12日から、都内で開催されている2020JLPGAジュニアゴルフコーチサミット。これまた、ゴルフで幸せになる、を実現するためだ。                   

=つづく

 きりばやし・ひろみ 1964年東京都葛飾区出身。日本女子大学家政学部卒業。大学卒業後、ゴルフを始める。プロゴルファーを目指しウイングフィールドゴルフクラブへ研修生として入社。その後、サンヒルズカントリークラブの関連事業所でレッスン活動を開始する。2005年筑波大学大学院修士課を終了。メンタルとテクニカルのスキルを融合したレッスンプログラム、プロジェクトGを展開する。JLPGAティーチングプロフェッショナルA級会員、JLPGAジュニアゴルフコーチ。

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