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2019.2.25

2020年・霞ヶ関発、ビッグウェーブが再び-

 2月25日、埼玉・霞ヶ関カンツリー倶楽部で『東京2020 ゴルフ競技会場 メディア・デー』が開催された。2020年東京五輪ゴルフ競技で公式にメディア向けの会見などが行われるのは初めて。関心の高さを表すように、110人のメディア関係者が足を運んだ。

 記者会見の冒頭、披露されたのは約8分間にまとめた競技会場の霞ヶ関カンツリー倶楽部、今年で90年を迎えるヒストリー。日本のゴルフ史が凝縮されている。当倶楽部を訪れた人ならおわかりのはずだが、門を抜けるとそこは異空間を思わせるほど。駐車場から、クラブハウスのエントランスへ向かう時から重厚なムードが漂う。

 この日は会見前、JGAオリンピックゴルフ競技対策本部、強化委員会委員長・倉本昌弘(PGA会長)、同副委員長・小林浩美(LPGA会長)、2020東京企画・準備委員会の委員・中嶋常幸が実際に競技を行う東コースをプレーした。異口同音、語ったのは、「オリンピックにふさわしい、極めて戦略性が高いコース」。16年から、世界的なコースデザイナー、トム・ファジオ氏が改造を行っている。

 同コースの大野了一キャプテンが、「距離を十分に確保した。ただ、歴史ある東コースはたたずまいを維持する。フレームはそのままで世界メジャーのグローバルスタンダードへ。トーナメント対応を十分にしながら、プライベートコースでもある。アマチュアまで存分に楽しませるデザインとすることが最も苦労したことです」と振り返った。ちなみに、改造費用は、「明かせない」としたものの、「工事費用などは、すべて倶楽部の負担です。外部からの支援はありません」と明かす。メンバー個々のプライドが凝縮されている。

 かつて、日本へ一大ゴルフブームを巻き起こしたのは、当コースで1957年に開催されたカナダカップ(現ワールドカップ)だろう。中村寅吉、小野光一の大活躍で日本は個人、団体をともに優勝を飾っている。中島が語った。「カナダカップの優勝がなければ、私はゴルファーになっていなかったかもしれない」と前置きし、「ブームが群馬県桐生市まで届いた。まず、父がゴルフに熱中し、私もプレーするようになったからです」。

 一方、コースの地元、川越市出身で、競技対策本部・アドバイザリーボードの樋口久子も、「カナダカップ優勝は12歳でした。2020年東京オリンピックのゴルフは、日本でジュニアがあこがれる源になってほしい」とメッセージを添えている。すでに、準備は着々と進行中だ。IGF(国際ゴルフ連盟)は毎月のようにコースを視察。同倶楽部のグリーンキーパー、東海林護さんは、「日本のコースメンテナンスは世界のトップクラス。通常の管理業務で最高のコンディションを提供したい」と絶対の自信をもつ。

 となれば、あとは選手のパフォーマンスということだろう。「金メダルを獲る、といい続けてきたのは、協会をあげて世界で勝つことを目標にしているからです。だから、選手個々が出場したいと明確に口にする。ホームアドバンテージを握り金メダルを」と小林は力強く締めくくった。霞ヶ関発、世界へのビッグウェーブが再び-。


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